運動は「勉強の邪魔」ではない——脳の働きから考える、受験生の運動の役割
「勉強に関係ないことに時間を使う余裕はない」 「部活をやめたら、その時間を全部勉強に回せる」
受験勉強を本格的に始めた人ほど、こう考えがちです。限られた時間を勉強に集中させたいのですから、運動を削る判断は一見すると合理的に思えます。
ただ、この判断には見落としがあります。運動は勉強の時間を奪う「敵」ではなく、勉強の効率を支える「土台」の一つだということです。運動量が落ちると、記憶の定着や集中力、気分の安定といった、勉強の成果を左右する部分がじわじわと弱くなっていきます。
この記事では、なぜ運動が勉強の質を支えるのかを脳の仕組みから説明したうえで、勉強の邪魔にならない範囲で運動を取り入れる考え方を整理します。「運動した方がいい」と感覚で言うのではなく、理由を理解したうえで自分の生活に組み込めるようにするのが狙いです。
なお、「部活を引退してから急に集中できなくなった」という具体的な症状から対処を知りたい人は、ブログの受験期のだるさ・集中力低下は運動不足のサインかもしれないも合わせて読んでください。この記事は、その背景にある仕組みを扱います。
1. なぜ運動が勉強の質を支えるのか
運動が勉強の質を支えると言われるのは、気分の問題ではなく、脳の中で起きている変化に理由があります。大きく三つに分けて説明します。
一つ目は、記憶に関わる部分への働きかけです。体を動かすと、脳のなかでBDNF(脳由来神経栄養因子)という物質が増えます。これは脳の細胞の成長や再生を助ける物質で、特に記憶をつかさどる「海馬」の働きを支えることが分かっています。有酸素運動を続けた人で海馬の体積が増え、記憶力テストの成績も上がったという研究も報告されています。覚えたことを残しやすい脳の状態を、運動がつくっているわけです。
二つ目は、集中力や気分に関わる物質の分泌です。運動をするとドーパミンやノルアドレナリン、セロトニンといった物質が出ます。これらは注意力ややる気、気分の安定に関わるもので、勉強に向かう「集中モード」へ脳を切り替える助けになります。十分から二十分ほどの軽いジョギングやウォーキングでも、集中力や気分が改善したという報告があります。短時間でも意味があるということです。
三つ目は、ストレスをやわらげる働きです。受験生にストレスはつきものですが、強いストレスが続くと、思考や記憶をつかさどる脳の部分の働きが妨げられます。有酸素運動には、ストレスホルモンであるコルチゾールを抑え、気分を安定させるセロトニンを増やす働きがあります。心のコンディションを整えることが、結果として勉強の質を守ることにつながります。
ここで大事なのは、これらが「激しい運動でないと意味がない」話ではないということです。むしろ受験生にとっては、軽くて続けやすい運動のほうが現実的で、変化も十分に見込めます。
2. どれくらいの運動を、どう取り入れるか
運動が勉強を支えると分かっても、ハードなトレーニングを始める必要はありません。勉強と両立させるなら、軽くて続けやすいものを選ぶのが正解です。目安としては、週に二、三回、一回あたり二十分から三十分程度の軽い有酸素運動で十分です。早歩きやサイクリングのような、息が少し上がる程度のもので構いません。
取り入れ方は、生活のなかの「ついでにできる時間」を使うのが続けやすいです。たとえば朝に十分ほど外を歩けば、太陽の光を浴びて体内時計が整い、脳も目覚めます。机に向かう前に数分のストレッチをすれば、血流が良くなり、勉強を始める合図にもなります。長時間座り続けると血流が悪くなるので、休憩のたびにその場で足踏みをするだけでも違います。
特に注意してほしいのは、部活を引退した直後の時期です。それまで毎日あった運動量が一気にゼロ近くになると、体力も集中力も落ちやすくなります。引退は「運動をやめる時期」ではなく、「勉強と両立する新しい運動習慣に切り替える時期」だと考えてください。歩く、軽い筋トレをする、動画を見ながら体を動かすなど、気分転換になって続けられるものを一つ見つけておくと、受験後半のスタミナを保ちやすくなります。
3. 運動を続けるための考え方
運動も勉強と同じで、やる気だけに頼ると続きません。続けるための工夫は、意志ではなく仕組みに頼ることです。
一つの方法は、すでにある習慣とセットにすることです。「ストレッチをしたら勉強を始める」と決めておくと、運動が勉強への切り替えスイッチになり、両方が続きやすくなります。勉強の合間の休憩と組み合わせるのも有効で、二十五分勉強して五分休む、その五分で軽く体を動かす、というように決めておけば、座りっぱなしも防げます。
もう一つは、運動した記録を残すことです。勉強時間を記録している人なら、その横に「今日は何分動いたか」を書き足すだけで構いません。続いていることが目に見えると、それ自体が続ける支えになります。
「運動に使う三十分を勉強に回した方が効率的ではないか」と感じることもあるはずです。けれども、運動不足で質が落ちた状態のまま机に向かう時間を増やしても、成果は伸びにくいものです。運動は勉強時間を削るものではなく、その時間の質を上げるためのものだ、という順序で考えてみてください。
まとめ
運動は、勉強において脇役ではなく、学習の効率を支える土台の一つです。軽い有酸素運動で記憶に関わる海馬が活性化し、集中力や気分が安定し、ストレスもやわらぎます。続ければ生活のリズムまで整っていきます。
完璧に運動メニューをこなす必要はありません。まずは朝に五分歩く、勉強の前に一分ストレッチをする、休憩中に足踏みをする——その程度から始めれば十分です。大切なのは、運動を「削るもの」ではなく「勉強の質を保つために続けるもの」として、生活のなかに小さく組み込むことです。
参考
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「身体活動・運動」(健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023ほか) https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/exercise