ドリームラーナーズの石原です。今回は、受験生の子どもを持つ保護者の方に向けて、長年の指導経験から伝えておきたいことをまとめました。もともとは予備校の指導担当者として50人ほどの生徒と毎月面談していた頃に書いたものです。今でも通じる内容だと思っているので、ブログとしてあらためて書き直しました。
子どもは親の鏡です
「子どもは親に教わった考えにもとづいて行動する」という意味ではありません。「親の普段の行動が、子どもに反映される」という意味です。
「うちの子は何を考えているかわからない」「わからないところを質問しない」「将来のことを全然考えていない」という保護者の方は少なくありません。しかし、それはほとんどの場合、保護者の方自身の行動を見て真似をしているだけです。
つまり、子どもが何を考えているかわからない・質問しないということは、保護者の方自身が「自分がどう考えているかを相手にわかってもらおうとする努力」を普段からしていないからである可能性が高いのです。
「以心伝心」という言葉があるおかげで、「いつも近くにいるんだからわかってくれるはず」という期待をしてしまいます。しかし、以心伝心はともに行動し考える目的があってこその話です。親と子どもでは生きる目的が大きく違います。別々の行動理念で動いている人同士が、考え方を自然に共有するとは考えにくいのです。
また、「これからどのように生きていけばよいか」については、保護者の方はすでに経験してきた年代であるぶん「こう考えていたらよかった」という確証がありますが、子どもにとっては未知です。この情報の非対称性が、「将来のことを全然考えていない」という印象を生みます。
親が提示した道も、今の時代にはそぐわないものかもしれません。子どもは親とは別の人格です。子どもにとってどんな道が望ましいのか、一緒に考えてみてください。
子どもに「期待」してはいけません
ここで言う「してはいけない期待」とは、親の幸せのイメージを子どもに押し付けることです。
子どもに必要な「期待」とは、「子どもは親とは違う生き方・幸せのありかたを持つのだ」と予想し覚悟すること、そして子どもが自分の目と頭と体で考えていけるよう願うことです。
親と子どもは似ているかもしれませんが、全く違う基準で生きています。まずそのことを認めてあげてください。「親の期待通りに動かないこと」で怒っていませんか。期待通りの発言をしないときには耳を貸さないようになっていませんか。「そんなことは言っては・訊いてはダメ」という封殺をしていませんか。
そうして育てられた子どもは、「自分の期待していない知識・環境」には目を向けなくなります。「わからないこと」が「わかっていること」と区別できなくなり、「何を質問していいかわからない」という状態に育っていきます。
本来、世の中は未知にあふれていて、知らないことだらけで、いろいろなことを知りたいと思うのが人間の自然な状態です。しかし「知っていることにだけ目を向ける大人の姿勢」を見ていれば、子どもはそれを真似します。必要なのは、未来を子どもと一緒に考えることです。
子どもがどんな気持ちで日々を生きているか、聴いてみてください
子どもたちは毎日学校に行っています。楽しんでいる子もいれば、嫌な先生や友達がいて勇気を振り絞って行く子もいます。
子どもが何か問題を抱えているとき、すぐに「ダメな先生」「ダメな友達」とレッテルを貼っていませんか。子どもから見えているものが何なのか、考えてみたことがありますか。子どもが親に話すことが全て事実と一致しているかどうか、状況確認はしましたか。
単なるケンカだった、注意されて不満だった、という軽いイライラが誇張されて伝わることは珍しくありません。まずは「何があったのか」を冷静に把握し、子どもが自分の気持ちを客観視できるよう手伝ってください。
子どもは考えていることを言葉で伝えるのにまだ慣れていません。たいていは問題行動をおこして「かまって」とアピールします。しどろもどろになりながら何かを伝えようとしているときには、「何が言いたいの」と糾弾するのではなく、しっかり聴いてあげる姿勢が必要です。
人と同じことをするのが「唯一の正解」ではありません
大学に行かせることが人生の唯一の道だと思い込んでいませんか。兄や姉がたどった道を弟や妹もたどることが正解だと思っていませんか。
子ども一人ひとりが自分の道を見つける手助けをするのが保護者の役割です。そのためには、子どもが思う道を一緒に探すこと、そういった道を見せてくれる人に出会える場所へ導いていくことが大切です。
子どもが勉強に興味を持てないこと自体は、必ずしも問題ではありません。強引に引きずり回すのではなく、木の上から見守りながら声をかけていくことを意識してみてください。
子どもが安心して自分の道を歩めるよう、「何かあったときには必ず手助けする準備がある、だから一生懸命生きてほしい」という姿勢で接することが、何より大切なことだと私は思っています。